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正義の使者
まことはテレビの「白馬童子」がとても好きだった。二刀流の大小二本の刀が欲しくて、小屋から重いナタを引っ張り出してきては、まだおぼつかない手で、何日もかけて木刀を削った。時々手元が狂って左手の指をナタの刃先で強く叩いてしまい、裏庭に鮮血が飛び散った。 そんな苦心さんたんの末に、どうにか手作りの二本の木刀が出来上がった。
ゼンのタンスの引き出しから風呂敷を見つけて覆面にした。(それはいつも饅頭を入れた重箱を包んでいた桃色のぼかしの入った風呂敷であった。)頭と口を隠して、にわかに白馬童子に成りきった。床の間に立て掛けてある叔父(芳喜)の「英霊の額」に映る自分の姿を見ながら、白馬童子のニセものが現れて惑わす役と、ニセ者の悪党を見破って、やっつける本物の正義の味方「白馬童子」の両方を何回も自作自演で演じていた。
まことはこの頃から既に、遊びながら・・やがて「真理の剣」を戦い取る象徴的な準備を歩み出していた。
まことは映画俳優のように色白で目が綺麗で、外見は健丈者に見えた。だが内面はこの頃から人とは大きく違い始めていた。 人知れず脳に傷害を受けた事故のことなどすっかり忘れていた。だんだんと学校の授業にもついていけなくなり、自分が周りの人に比べて格段に記憶力が弱いことを痛感し、次第に悩み始めるようになっていった。もの覚えが悪く、何度注意されても宿題を忘れるので、担任の末松先生も、「ほんとに情けなくて泣きたくなりますよ…」と家庭訪問の度にゼンに話すのだった。まことは算数の九九もまともに覚えられなかったが、ただ国語と図画だけ、時々天才的な能力を発揮した。末松先生は仕方なくまことの通信簿に「強く正しく、大きく生きて、素晴しいものを創造して下さい」と書いてあげた。まことはその言葉がすごく気に入って、何度も繰り返してつぶやいていた。(素晴しいものを創造することって、一体どういう意味やろか…?)いつも「創造」という言葉を思い出してはその意味を考えていた。
熱 中
まことは小学三年生の時、長女の信子から新聞配達のアルバイトを引き継いだ。その日から、雨の日も風の日も毎日黙々と配り続けることになった。頭を使わないことを何度も繰り返す事は得意だったが、無意味な暗記ものの勉強は嫌いだった。新聞配達のお金で買った模型(プラモデル)を作り始めると、もう熱中して止まらなかった。「まことー、ご飯よー!」次女のかつえがいくら呼んでももはや無駄だった。
まことは授業中もいつもうわの空であった。理科の時間になると、理科室の海亀の剥製が不気味に見えるのが気になりだすと、(何故だろう…?)といつまでも見上げてそればかり考えていた。まことは自分にとって興味のあるもの以外は、一つも熱中することが出来なかった。
二階の兄の勉強部屋の壁には、兄のりおの描いた美智子妃殿下の絵が貼ってあった。また長女(信子)の部屋の襖には、浩宮さま(赤ちゃん)のポスターが破れ隠しに貼ってあった。まことは学校から帰ってくるといつも、ぼんやりとそれらを眺めて過ごした。 まだヨチヨチ歩きの浩宮さまのカレンダー写真には、後ろで優しく見守る美智子様が写っていた。何となくまことは浩宮さまと自分が似ている感じがして、(何故だろう…)と不思議に思いながらいつまでも見つめていた。
暖かい午後、まことは日だまりのゼンの部屋で、習いたての漢字を帳面に書いて練習していた。その時、兄ののりおが階段を上がって来た。「お、勉強してるな」のりおは近寄ってまことの書いた字を何気なく見た。「ん!」いきなり弟から帳面を奪い取った。「これ本当にお前が書いたのか?」「うーん、そうだよ…」 あどけない様子で答えた。師範が書いたようなあまりにも達筆な文字だった。「嘘つけー!」のりおは、まだ幼い弟がその文字を書いたことがとても信じられなかった。
まことは友達が「野球しよう」と誘いに来ても、ルールが覚えられなくて、馬鹿にされるのを恐れて、「ごめん、ちょっと用事があるけん…」とウソをついて苦手なことはいつも断わってばかりいた。自分の気に入った事だけを、ただただ何回も何回も繰り返していた。まことにとっての幼き日の思い出は、ある特殊な偏った部分だけが鮮明に刻印されていった。
棚 田
父の正喜は足が悪かったが、毎日、汽車で一時間半かけて通勤し、鉄工所の旋盤工の立ち仕事をしていた。末っ子のまことは、父の「超人的な我慢強さ」と母の「鋭い直感力」の両方を兼ね備えていた。じっと耐え続ける粘り強さもあったが、(駄目だ)と判るとあっさりと、いとも簡単にあきらめて、新しい次のものに向かう不思議な二面性があった。
刈り入れの忙しい時期になった。ある日曜の朝、父の正喜は仕事で疲れていたが、ゼンから田んぼの手伝いに山まで来るように頼まれていた。「まこととかつえを連れて後から来る」と約束した。正喜は義足を「ギシギシッ」ときしませながら、遠い山へ向かう道のりを杖もつかずに歩いた。 見通しの悪い踏切の前までくると正喜は急に立ち止まり動かなくなった。かつて父は見通しの悪い博多の踏切で足を切断する事故にあっていた。まこと達は父に負担をかけないようにと、わざとゆっくり歩いた。心配する子供たちに気がついて、急いで左右を確認して急ぎ足で渡った。「さあ早く行きなさい」父に促されてまた歩きだした。
お寺の前を過ぎると大きな岩がゴロゴロある渓谷の急斜面になった。義足がすべってなかなか登れない父は、先に上がって待っているまことたちを先に行くようにうながして、少しずつ休みながら後から登っていった。まことは、父と一緒にいろんな話をしながら登りたかったのに、いつも大きな岩の前に来ると、「お前たち、はよう先に行かんか!」と怖い顔して大声で追っ払われるのが悲しかった。
幼い頃から、鉄工所の仕事から疲れて帰って来た父に、まことが遊んで貰おうと足元に近寄って来たが「お前たちゃ、まーだ起きとるのか…早う寝らんか!」いきなり大声で叱りつけるのだった。
まことは父とのふれあいを欲しがっていたが、正喜は義足に引け目を感じて、息子たちに体ごとぶつかっていくような「父親のスキンシップ」というものをうまく伝えられなかった。
奇 跡
まことは四年生になった。いつも十点ぐらいしか取れないまことが、突然、百点の国語のテストの答案用紙を貰ってきた。ゼンは知恵遅れのまことが百点を取ったことが一瞬信じられなかった。(何かの間違いではないか…?)と名前を確認したが、紛れも無く「今井 信(まこと)」という名前があった。
ゼンは胸の奥からじわーと喜びが湧いて来た。「バンザイ!バンザーイ!」両手を上げて喜ぶ祖母の姿を見て、まことは嬉しかった。だがこの時のゼンの異常な喜びの本当の理由がまだ理解できず、不思議な思いで見上げているだけであった。
その日、ゼンは赤飯を炊いて祝った。答案用紙を神棚にあげ、仏壇にも赤飯を捧げて念入りに拝んでいた。まことは出来不出来の偏りが激しい孫だった。いつもみんなから取り残される不憫な孫だったが、時々発揮する驚異的な能力をゼンは不思議に思い、密かに心に留めた。 しばらくしてゼンは、百点の答案用紙を自分のタンスの中に大事にしまった。その引き出しの中には、何故か「二見が浦」を背にして写った、出征前の日本兵たちの記念写真が入っていた。戦死した叔父の芳喜おじさんの悲しげな姿もその中にあった。
妄 想
ある日、のりおは弟のまことを自転車の荷台に乗せて山の田んぼに向かっていた。曲がりくねった上り坂の山道をしばらく自転車を押しながら登っていった。ようやく平坦な道に差し掛かった。「よし!まこと、後に乗れ!」勢い良くペダルをこぎだして、みるみるスピードが上がった。まことは冷んやりとした木陰の道の心地良い風を感じていた。その途端、はしゃいでバタつかせたまことの足が突然、車輪の中に巻き込まれた。「痛い!痛い!止めてー!」急にペダルが重くなったので(変だな)と思っていたが、大声で叫ぶ弟の声に驚いてのりおは慌ててブレーキをかけた。
靴が脱げ落ち、スポークに激しく何度も足を挟まれたまことの足は、みるみる紫色に腫れ上がり鮮血が吹き出してきた。激痛で泣きじゃくるまことに「泣くな、男だろー!」と弟を叱りながら、包帯をの代わりになるものを探した。だが何も無かった。仕方なく新品のジャンパーを脱ぎ、裏地シルクの布を何度も引き裂いては、まことの足に巻いて手当した。その裏地の絹布の裂ける音が、稲妻の音のように山に響いた。
やがてまことはのりおに背負われて登って来た。母のチカは心配そうにそのいきさつを聞いた。チカは棚田の一番上の最も見晴らしの良い場所にまことを連れて行くようにと促した。
のりおはその場所にむしろを敷いて怪我した弟を降ろした。「ここに座ってろ、な」「うん・・」しばらくは稲作の仕事に忙しく働く母とのりおの姿を見降ろしながら、まことは一人でぼんやりと過ごした。母の脱穀機のペダルを踏む音が絶え間なく聞こえていた。 まことは傍に元気に跳ねてやってきた土蛙たちを見つけ、しばらくは飽きもせずにいつまでもうらやましく見ていた。やがてまことは、暖かい日差しを浴びながら一人でとりとめのない空想にふけっていた。(・・・大男の登る階段の棚田、草の絨毯、天からのひばりのさえずり、巨大な牛のような山、綿菓子の雲・・・)そんな大自然の風景を見ながら、何故か不思議な妄想が次々に浮かんでくるのだった。 山の時間は瞬く間に過ぎていった。陽が傾きカラスが鳴きながら帰っていく。まことの心には何故か空虚なやるせない思いが漂って仕方が無かった。
夜明け前
まことは六年生になった。だが学校の授業に全くついていけなくなり、どんなに努力しても、機敏な動作が出来なくなった。精神も肉体も何一つ自分の思うようにならないもどかしさを感じるのだった。
ただ新聞配達だけは、自分の義務のように黙々と毎日続けていった。 いつも朝五時には母に起こされ、眠い目をこすりながら降りて行くと、もう父は朝食を食べて出かける用意をしていた。「お早うー」まことは眠そうに言いながら、そのまま真っ暗な外の道に出ていった。
冬の間は、川と道の境がわからないほど真っ暗であった。暗闇に目をこらしながら、一軒一軒の家の戸のすき間に新聞を差し込んで配っていった。納骨堂の前の道を通るとき、忠霊塔もまことを見下ろしていた。
誰かに見られている霊気を感じた。納骨堂の前の階段を通り過ぎようとする時、いつも背中に何かがすがりついて来るような気配を感じた。まことは怖くなるとゾクッと身震いをしながら一目散に走って通りすぎた。この村の家々には戦死した遺影が玄関から見えた。配達に来たまことは、見下ろす遺影に目を合わせないように玄関から新聞を座敷の畳に投げこんだ。背を向けたその瞬間、遺影から抜け出してすがりついてくる霊の気配を背中に感じると、忌まわしいイメージを必死に打ち消して、後も見ないで肩で霊をふり切るようにして次の家に向かっていた。
まことが暗闇で手探りしながら新聞を配っている頃、父の乗った蒸気機関車が通り過ぎて行った。「シュシュシュシュ…」真っ白な煙りをモクモクと出して走る姿を見たくて、その時に一番良く見える場所に行こうと急いで配るのだが、いつも間に合わなかった。当時「朝刊太郎」という歌が流行っていた。雨の日にまことが傘をさして配達にやってくると、朝早くから待ってるお婆さんがいて「今日はしろしかねー(大変だね)。毎日感心やねー」と言って優しく声をかけてくれるのだった。時々ミカンをくれたりして励ましてくれることがあって嬉しかった。
小説 「 」 T少年編 第2話 おわり |